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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)123号 判決

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号

原告

三菱電機株式会社

同代表者代表取締役

北岡隆

同訴訟代理人弁理士

竹中岑生

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

同指定代理人

今野朗

及川泰嘉

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成4年審判第1351号事件について平成7年3月7日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年12月12日、特許庁に対し、名称を「微細パターン形成方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和60年特許願第280093号)をしたところ、平成3年11月28日、拒絶査定を受けたため、平成4年1月23日、審判を請求した。特許庁は、この請求を平成4年審判第1351号事件として審理した結果、平成7年3月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年4月5日、原告に対し送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載)

基板上に形成された薄膜上に有機薄膜を形成し、該有機薄膜に所望のパターンのエネルギー線を照射して露光した後ベーキング処理を行ない、その後プラズマ雰囲気下で電子ビーム非照射部分を選択的に除去してレジストパターンを現像し、これを用いて微細パターンを形成する方法において、

上記露光用のエネルギー線としてその波長が光ビームに比べて著しく短い電子ビームを用いるとともに、上記プラズマ雰囲気として、酸素ガスとフロンガスとの混合ガスプラズマを用い、

かつ上記混合ガスプラズマの混合比を、フロンガスの炭素原子の作用によるエッチングスピードの制御が、電子ビーム照射部に対するエッチング速度が減少し、電子ビーム非照射部分に対するエッチング速度が増大するよう行われる、酸素の比率が多い臨界値70%に設定したことを特徴とする微細パターン形成方法(別紙図面(1)参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項に記載のとおりである。

(2)  これに対し、昭和58年特許出願公開第11929号公報(以下「引用例」といい、同引用例記載の発明を「引用発明」という。)には次の記載がある。

ア 「(略)ネガ電子レジスト膜材料のコーティングを基体に塗布する段階と;

(略);

上記のネガ電子レジスト膜を所定のパターンを描く電子ビームに露光させる段階と;

(略);

レジスト膜の現像に先立ってこのレジスト膜をベークする段階と;

プラズマエッチングによって上記の露光されたレジストパターンを現像する段階とを有している、電子レジストパターンを作成する方法」(特許請求の範囲)

イ 現像のための「プラズマは酸素(O2)とすることも、CF4(フロンガス)とO2との混合物とすることもできる。露光域と未露光域とのエッチ率比が最大になるようにプラズマ(略)を選択すべきである。(略)従って、(略)プラズマガスの組成の選択を行なうべきである。」(6頁右上欄8行ないし18行)

(3)  そこで、本願発明と引用発明とを対比すると、

ア 引用発明における「基体」、「ネガ電子レジスト膜」は、本願発明における「基板上に形成された薄膜」、「有機薄膜」に相当し、また、ネガ型電子レジストとは、電子ビーム非照射部分が選択的に除去されて現像されるものであり、更に、両者は、ともに、酸素ガスとフロンガスの混合ガスプラズマを用いてレジストをエッチングしているものであるから、フロンガスの炭素原子の作用によるエッチングスピードの制御は、両者ともに、電子ビーム照射部に対するエッチング速度が減少し、電子ビーム非照射部分に対するエッチング速度が増大するように行われているものと認められる。

したがって、両者は、

「基板上に形成された薄膜上に有機薄膜を形成し、該有機薄膜に所望のパターンのエネルギー線を照射して露光した後、ベーキング処理を行い、その後プラズマ雰囲気下で電子ビーム非照射部分を選択的に除去してレジストパターンを現像し、これを用いて微細パターンを形成する方法において、

上記露光用のエネルギー線として、その波長が光ビームに比べて著しく短い電子ビームを用いるとともに、上記プラズマ雰囲気として、酸素ガスとフロンガスとの混合ガスプラズマを用い、

フロンガスの炭素原子の作用によるエッチングスピードの制御が、電子ビーム照射部に対するエッチング速度が減少し、電子ビーム非照射部分に対するエッチング速度が増大するよう行われる微細パターン形成方法」

である点において一致している。

イ 他方、本願発明は、混合ガスプラズマの混合比を、酸素の比率が多い臨界値70%に設定しているのに対し、引用発明においては、酸素ガスとフロンガスとの混合比が明らかでない点において、両者は相違するものと認められる。

ウ しかしながら、電子ビーム露光域と未露光域とのエッチ率比が最大になるように、プラズマガスの組成を選択することが引用例に開示されている以上、混合ガスプラズマにおいて、最適なエッチ率比を示すガスプラズマの混合比を実験的に求め、「混合ガスの比率として酸素ガスが70%である比率」を選択してみる程度のことは、当業者が容易になし得ることであるに過ぎず、上記相違点に係る本願発明の構成に格別の技術的意義を見出だすことはできない。

(4)  以上のとおりであるから、本願発明は、当業者が、引用発明に基づいて容易に発明することができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。

同(3)アのうち、本願発明と引用発明とにおいて、ともに、フロンガスの炭素原子の作用によるエッチングスピードの制御が、電子ビーム照射部に対するエッチング速度を減少し、電子ビーム非照射部分に対するエッチング速度を増大するように行われている点において一致することは否認し、その余は認める。

同(3)イは認める。

同(3)ウは争う。

同(4)は争う。

審決は、引用発明におけるエッチングスピードの制御内容の認定を誤った結果、本願発明と引用発明とにおけるエッチングスピードの制御内容の違いを看過し、それを同一のものであると判断した点及び両者の相違点についての判断を誤った点において違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  エッチングスピードの制御内容の違いについて(一致点の認定の誤り、取消事由1)

ア 審決は、引用発明における、フロンガスの炭素原子の作用によるエッチングスピードの制御が、本願発明と同様に、電子ビーム照射部に対するエッチング速度を減少させ、電子ビーム非照射部分に対するエッチング速度を増大させるように行われているものと認定しているが、誤りである。

イ 電子ビーム照射部(引用発明における「露光域」)と電子ビーム非照射部(引用発明における「非露光域」)とのエッチ率比を最大にするためには、論理的に、次の手段が考えられる。

(ア) 電子ビーム照射部(露光域)のみについて、エッチング速度を減少させることにより、エッチ率比を最大にする。

(イ) 電子ビーム非照射部(非露光域)のみについて、エッチング速度を増加させることにより、エッチ率比を最大にする。

(ウ) 電子ビーム照射部(露光域)について、エッチング速度を減少させ、電子ビーム非照射部(非露光域)について、エッチング速度を増加させることにより、エッチ率比を最大にする。

ウ しかしながら、引用例においては、この点について前記3(2)イのとおり記載されているのみであり、審決認定のとおり、電子ビーム照射部(露光域)について、エッチング速度を減少させ、電子ビーム非照射部(非露光域)について、エッチング速度を増加させることが示されているものではなく、また、そのことが示唆されているものでもない。

したがって、審決における上記アの認定は根拠がなく、本願発明と引用発明の構成は「フロンガスの炭素原子の作用によるエッチングスピードの制御が、電子ビーム照射部に対するエッチング速度が減少し、電子ビーム非照射部分に対するエッチング速度が増大するよう行われる」点において一致するものではない。

エ 以上のとおりであるから、審決には、両者の一致点の認定を誤った違法がある。

(2)  相違点の判断の誤りについて(取消事由2)

ア 本願発明は、混合ガスプラズマの混合比を、酸素の比率が多い臨界値70%に設定したことによって、次の目的を達成することができたものである。

(ア) 特殊なレジストを用いることなく、ドライ現像を可能にした。

そのため、市販のレジストを用いることが可能となり、安価、容易に実施することができ、複数のレジストについて対応が可能となった。

(イ) レジスト膜の昇華を防ぐための、レジスト膜を被覆するバリアを必要とせず、しかも、電子ビームの露光量が少なく、露光時間が短くてすみ、プロセスが簡便となった。

イ 他方、引用発明は、次のような内容のものである。

(ア) 酸素ガスのみでドライ現像ができるように合成した特殊のレジストを用いているため、レジストの合成、作成が容易ではなく、高価である。

(イ) レジスト膜に対し、特殊材料の特別なバリアの塗布、除去を必要とするとともに、電子ビームの露光量が多く、露光時間も長く要するため、そのプロセスが複雑である。

(ウ) なお、引用例には、引用発明におけるプラズマとして、酸素の代わりに、CF4とO2との混合物を用いることもできる旨が記載されてるが、この記載部分は一般的、抽象的なものであり、CF4とO2との混合物による具体的なドライ現像を開示するものではない。

すなわち、引用発明の基本は、02のみでドライ現像ができる特殊なレジストを用いる点にあり、上記記載は、そのような特殊レジスト材料を用いるにあたって、プラズマを、CF4とO2との混合物とすることもできる旨を付加的に述べたものである。

(エ) また、引用例には「レジストフィルムはモノマー、ベースポリマー及び必要な場合にはバリヤー層の種々の組み合わせにより形成できる。」(5頁右上欄10行ないし12行)と記載されているが、これは、バリア層を必要とする場合に、それを組み合わせることを明らかにしているのみであって、常にバリア層を省略できることを述べたものではない。

したがって、引用発明は、本来的にバリア層を必要としない本願発明とは明確に相違している。

ウ 以上のような本願発明と引用発明との内容からみるならば、両者は、その目的及び作用効果において、大きく異なるものであることは明らかである。

すなわち、上記のとおり、本願発明は、酸素ガスのみによっては十分なドライ現像ができないことを前提に、特殊なレジストを用いることなく、ドライ現像を可能とすることを目的として、CF4とO2との混合ガスプラズマを用い、その混合比を、酸素の比率が多い臨界値70%に設定することにより、上記目的のとおり、ドライ現像について、特殊なレジストを用いることなく可能とし、バリアを必要とせず、簡便なプロセスで実施できるという作用効果を奏するものである。

しかしながら、引用発明においては、単に、露光域と非露光域とのエッチ率比を向上するという一般的かつ抽象的な目的があるのみであり、本願発明の目的についての動機付けはまったく存在しない。

そして、本願発明の構成要件における、混合ガスプラズマの混合比を、酸素の比率が多い臨界値70%に設定するとの限定は、本願発明の目的を達成するために必須のものであって、単なる設計事項ないしは選択事項に過ぎないものではない。

したがって、本願発明と引用発明とは、その目的を明らかに異にするものであるから、引用発明から、本願発明を導き得たとは到底考えられず、また、本願発明における、前記アのとおりの作用効果についても、当業者において、引用発明から予測し得ない特別顕著なものというべきである。

エ なお、これに対し、被告は、本出願当時、CF4とO2との混合ガスを用いるドライ現像用レジスト材としては種々のものが知られていたのであるから、上記混合ガスにより、特殊なレジストを用いずにドライ現像を実現することができたことは明らかであり、本願発明についての動機付けは、当業者において予測し得た範囲内のものであると主張する。

ところで、本願発明は、上記のとおり、CF4とO2との混合ガスを用い、かつ、上記混合ガスの混合比を、フロンガスの炭素原子の作用によるエッチング速度が電子ビームの照射部について減少し、非照射部について増大するように、酸素の比率が多い臨界値70%に設定することを基礎事項とし、酸素ガスのみによっては十分なドライ現像ができないところを、特殊なレジストを用いることなく、ドライ現像を実現したものである。

しかしながら、引用例及び被告の提出する乙第3、第4号証には、上記基礎事項について何ら記載がないのであるから、その点からみても、本願考案の構成を、当業者において容易に予測し得たものとすることはできず、被告の主張は当を得たものではない。

オ 以上のとおりであるから、本願発明における、引用発明との相違点に係る構成について、当業者が容易に想到し得たものとする審決の判断は、誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の反論

1  請求の原因1ないし3の各事実は認める。

同4は争う。

審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2  取消事由についての被告の反論

(1)  取消事由1について

フロンガスによる有機薄膜のエッチングスピードを制御するものは、O2とCF4との混合比であるから、引用発明においても、O2とCF4との混合比が、ネガ電子レジスト膜である有機薄膜のエッチングスピードを制御することは明らかである。

そして、引用例においても、露光域と未露光域とのエッチ率比が最大になるようにCF4とO2との混合比を選択する旨が記載されているところであるから、引用発明においても、露光域のエッチング速度が極力抑えられ、未露光域のエッチング速度の抑制が最も緩和される結果、エッチ率比が最大となるものである。

そのため、引用発明が、本願発明と同様、露光域のエッチング速度を減少させ、未露光域のエッチング速度を増加させることにより、エッチ率比を最大にするものであることは明らかである。

したがって、引用発明は、「電子ビーム照射部に対するエッチング速度が減少し、電子ビーム非照射部分に対するエッチング速度が増大するよう行われる」ものであり、その点において本願発明と一致するから、審決における一致点の認定に誤りはない。

(2)  取消事由2について

ア 本願発明が、混合ガスプラズマの混合比を、酸素の比率の多い70%に設定したことによって、特殊なレジストを用いることなく、市販のレジストを用いてドライ現像を可能にしたとする点について

引用例においても、CF4とO2との混合ガスを用いるドライ現像用レジスト材のベースポリマーとして、ポリメタクリレートとポリメチルα-クロロアクリレートのごとき化合物を含む塩素を含有しているビニルポリマー、及び、同様にモノマーとして、ジフェニルアセチレン、酢酸ビニル、メタクリレート、メタクリルアミド等種々のものがあげられている。

更に、乙第3号証(昭和53年特許出願公開第112065号公報)、には、CF4とO2との混合ガスを用いるドライ現像用レジスト材として、ゴム系のネガレジストが記載されており、乙第4号証(昭和59年特許出願公開第24846号公報)には、同様に、CF4とO2との混合ガスを用いるドライ現像用レジスト材として、Hercules CorporationのMER-D-47やMER-D-50形ホトレジストのように、市販のレジスト材が記載されている。

以上のように、CF4とO2との混合ガスを用いるドライ現像用レジスト材として、本出願当時、種々のものがよく知られていたのであるから、その当時、CF4とO2との混合ガスを用いることによって、特殊なレジストを用いることなく、ドライ現像を実現できたことは明らかであり、そうである以上、CF4とO2との混合ガスの混合比を、酸素の比率の多い臨界値70%と限定した場合であっても、特殊なレジストを用いずにドライ現像を実現することができたことも明らかである。

したがって、「酸素ガスのみによっては十分なドライ現像ができないので、特殊なレジストを用いることなく、ドライ現像を実現するため、CF4とO2との混合ガスを用いる」という本願発明の動機付けについても、当業者において、当然に予想し得た範囲内のものである。

イ 本願発明が、混合ガスプラズマの混合比を、酸素の比率の多い70%に設定することによって、バリア層を必要としないとする点について

本願明細書においては、バリア層についてふれていないのみならず、本願発明が、原告主張のように、どのような場合であってもバリア層を必要としないというものでないことは明らかであるから、本願発明は、バリア層を必要に応じて省略できるとする引用発明と実質的に相違するものではない。

ウ 以上によれば、本願発明が、引用発明と目的ないし動機付けにおいて異なり、その構成上の相違によって特別顕著な作用効果を奏するものとはいえないから、審決の相違点についての判断にも誤りはなく、原告の上記主張は失当である。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の各事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。

また、引用発明の内容が審決記載のとおりであること、本願発明と引用発明が、フロンガスの炭素原子の作用によるエッチングスピードの制御について、電子ビーム照射部に対するエッチング速度が減少し、電子ビーム非照射部分に対するエッチング速度が増大するように行われるとの点を除いた部分について、審決記載のとおり一致すること、本願発明と引用発明との間において、審決記載のとおりの相違点が存在することについても当事者間に争いがない。

第2  本願発明の概要について

成立に争いのない甲第3号証(本願発明についての特許願書及び願書添付の明細書(以下「当初明細書」という。)、図面)、甲第4号証(平成2年11月2日付け手続補正書)、甲第5号証(平成3年4月27日付け手続補正書)及び甲第6号証(平成4年2月21日付け手続補正書)によれば、本願発明の概要は以下のとおりであることが認められる。

1  本願発明は、微細パターン形成方法、特に、基板上の薄膜上に形成されたレジスト膜を現像してレジストパターンを形成する方法に関するものである(当初明細書2頁4行ないし7行)。

2  近年、半導体デバイスの製造工程においては、微細パターン化、高精度化、無欠陥化が要求されつつある。そして、パターンの微細化に伴い、現像工程においても、ドライ化し、微細パターンを高精度で欠陥なく作成する必要がある。

しかしながら、半導体の製造工程においては、プロセスのドライ化について開発研究が進んでいるものの、現像工程は未だ溶液による方法が主流である。そのため、従来のパターン形成方法においては、溶液中の異物の介在による欠陥の発生を免れず、また、公害防止の面からも、安全性の面からも問題があった。更に、微細パターン形成のためには、溶液によるレジストパターン形成では限度があり、膨潤によるパターンの歪みが生じる等の問題もあった(同2頁9行ないし16行、同3頁20行ないし4頁6行)。

3  ところで、昭和58年特許出願公開第60637号公報や、昭和57年特許出願公開第202532号公報においては、溶液による現像の問題点を解決したものとして、有機薄膜にエネルギー線を照射した後、ベーキング処理を行い、次いで、プラズマ雰囲気下において非照射部分の有機薄膜を除去し、レジストパターンを形成する方法が示されている。

しかしながら、近年のマイクロ回路の製造では、レジストパターンをサブミクロン以下に微細化する技術が要求されており、このような要求を満たすためには、紫外線等の光に比べて、更に波長の短い電子ビームを用いてレジストを露光し、その露光パターンを忠実に現像する必要がある。ところが、ドライ現像に対する耐性の低いレジストについては、電子ビームによる微細な露光パターンが忠実に現像されるよう選択的にエッチングすることが、きわめて困難であるという問題があった(平成4年2月21日付け手続補正書2頁11行ないし3頁7行)。

4  本願発明は、上記のような問題点を解決するためになされたものであって、ドライ現像に対する耐性の低いレジストであっても、電子ビームによる微細な露光パターンを忠実に現像することができ、これにより、汎用タイプのレジストのいずれについても、サブミクロン以下の微細なレジストパターンを確実に形成する微細パターンの形成方法を得ることを目的とする(同3頁8行ないし15行)。

本願発明者等は、酸素ガスにフロンガスを混入した混合ガスプラズマでは、ドライ現像時、フロンガスの炭素原子の作用により、レジストのエッチングスピードが制御されるという特性がある点に着目し、この炭素原子がドライ現像の際に有効に働く混合比、つまり、エッチング速度が、電子ビーム照射部について極力抑えられ、電子ビーム非照射部について速度制御が最も緩和されるように作用する混合比を見出だすべく、種々のレジストについて、混合比を変えて実験を行った結果、それが、酸素の混合比を70%とすることにあることを見出だすに至り、要旨記載の構成を採用したものである(同3頁17行ないし4頁10行)。

5  上記のとおり、本願発明に係る微細パターンの形成方法は、露光用のエネルギー線として、最も微細な加工が可能な電子ビームを用いるとともに、ドライ現像ガスとして、酸素ガスとフロンガスとの混合ガスプラズマを用い、しかも、上記混合ガスの酸素の混合比を、フロンガスの炭素原子がドライ現像の際に有効に働く数値、つまり、電子ビーム照射部に対するエッチング速度の減少と非照射部に対するエッチング速度の増大という、作用効果が顕著に現れる臨界値70%に設定したものである。それによって、本願発明に、ドライ現像に対する耐性の低いレジストであっても、電子ビームによる微細な露光パターンを、非照射部と照射部との選択性よく忠実に現像することができ、その結果、汎用タイプのどのようなレジストに対しても、サブミクロン以下の微細なレジストパターンを確実に形成することができるという作用効果を奏するものである(同5頁11行ないし6頁7行)。

第3  審決取消事由について

そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

(1)  本願発明は、半導体デバイスの製造工程において、レジスト膜(有機薄膜)をエッチングするにあたり、混合ガスプラズマの混合比を、「フロンガスの炭素原子の作用によるエッチングスピードの制御が、電子ビーム照射部に対するエッチング速度が減少し、電子ビーム非照射部分に対するエッチング速度が増大するよう」に設定するものであるが、前記第2、4、5からみるならば、それは、電子ビームの照射部と非照射部とにおけるエッチ率比をできる限り大きくするためであることが明らかである。

(2)  一方、引用例には、引用発明について、「請求の原因」3(2)イのとおり記載され、そこにおいては、レジスト膜のエッチング速度について、「露光域と未露光域とのエッチ率比が最大になるようにプラズマ(略)を選択すべきである。」とされているものであり、このことは、前記第1のとおり当事者間に争いがない。

(3)  以上によれば、本願発明と引用発明とは、電子ビームの照射部(露光域)と非照射部(未露光域)とにおけるエッチ率比をできる限り大きくする、すなわち最大とする点において一致することは明らかであり、また、引用発明における、「露光域と未露光域とのエッチ率比が最大になる」との要件は、その性質上、原告の主張する3つの場合を当然に含んだ概念であると解されるとともに、成立に争いのない甲第2号証(引用例)の記載内容からみるならば、引用発明において、特に、本願発明における上記(1)の場合を除くものとしなければならない事由も見当たらない。

(4)  そうすると、引用発明における、「露光域と未露光域とのエッチ率比が最大になる」ための構成としては、本願発明における、「エッチングスピードの制御が、電子ビーム照射部(露光域)に対するエッチング速度が減少し、電子ビーム非照射部分(未露光域)に対するエッチング速度が増大するよう」に設定することも当然に含まれるものであることは明らかであり、また、上記の違いにより、本願発明と引用発明との間において作用効果に差異があるものとも認められないから、両者は、混合ガスプラズマの混合比を、「フロンガスの炭素原子の作用によるエッチングスピードの制御が、電子ビーム照射部に対するエッチング速度が減少し、電子ビーム非照射部分に対するエッチング速度が増大するよう」に設定することにおいて、一致するものというを妨げないところである。

(5)  したがって、上記についての審決の認定に誤りがないことは明らかであり、この点についての原告の主張は失当というべきである。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り)について

(1)  まず、原告は、本願発明における混合ガスプラズマの混合比率を、酸素の比率の多い臨界値70%とする構成は、特殊なレジストを用いることなく、市販のレジストを用いてもドライ現像を可能とすることを目的とし、その旨の作用効果を奏するものであるから、当業者において、引用発明から容易に想到されたものではないと主張する。

しかしながら、成立に争いのない乙第3号証(昭和53年特許出願公開第112065号公報)及び第4号証(昭和59年特許出願公開第24846号公報)によると、酸素ガスとフロンガスとの混合ガスプラズマを用いるドライ現像法のためのレジストとしては、市販されているゴム系レジスト、MRE-D-47、MER-D-50形レジスト等が用いられていることが認められ、それによると、そもそも、本出願当時、上記の混合ガスプラズマによるドライ現像にあたっては、市販のレジストを用いることが既に可能とされていたことが明らかである。

そして、引用発明においては、「請求の原因」3(2)イのとおり、酸素ガスと、フロンガスとの混合ガスプラズマによりレジスト膜をエッチングするにあたっては、電子ビーム照射部と非照射部との間のエッチ率比を最大にするため、酸素ガスとフロンガスとの混合比の割合を選択して定めるべきものとされていることからみるならば、本願発明において、特殊なレジストを用いずに市販のレジストを用いて混合ガスプラズマにおける酸素ガスとフロンガスの割合を実験的に求め、酸素比率が高い70%と定めること自体は、当業者として、格別困難なことではなかったものというべきであり、また、このことは、成立に争いのない乙第2号証(昭和58年特許出願公開第147033号公報)中において、酸素ガスとフロンガスの混合ガスプラズマによる各種レジストのドライエッチングについて、別紙図面(2)のとおり、フロンガスの濃度(%、横軸、なお100%からその濃度を差し引いたものが酸素ガスの濃度を示す。)により、各種レジストのエッチレート(Å/分、縦軸)が変化することが示されていることからも裏付けられるところである(なお、原告は、引用例においては、ドライ現像のため、酸素ガスとフロンガスとの混合ガスを用いることまで開示していないとも主張するが、引用例の記載からみて、そのように解すべき理由はない。)。

そうすると、原告の上記主張に係る、特殊なレジストを用いることなくドライ現像を可能にするとの本願発明の目的及びその旨の作用効果は、いずれも、当業者において、引用発明から予測することが可能であったものと認めるのが相当であるから、上記目的及び作用効果を理由に、本願発明における混合ガスプラズマの混合比の限定に進歩性を認めることはできないものというべきである。

したがって、原告の上記主張も失当である。

(2)  また、原告は、本願発明においては、混合ガスプラズマの混合比の設定により、ドライ現像においてレジスト膜に対するバリアを不要とするという顕著な作用効果を奏すると主張する。

しかしながら、前出甲第2号証によると、引用例においては、引用発明について、「レジストフィルムはモノマー、ベースポリマー及び必要な場合にはバリヤー層の種々の組み合せにより形成できる。」(5頁右上欄10行ないし12行)と記載されていることが認められ、これによると、引用発明においても、酸素ガスとフロンガスとの混合ガスプラズマによるドライエッチングにおいて、レジスト膜に対するバリアを不要とすることも可能とされていることが明らかである。

そうすると、本願発明において、上記主張のとおりバリアが不要とされたとしても、そのことが、引用発明に比べて格別顕著な作用効果であると認めることはできない。

したがって、原告の上記主張も失当というべきである。

(3)  なお、原告は、本願発明における混合ガスプラズマの混合比の設定により、レジストに対する電子ビームの露光量が少なくて済み、露光時間も短くなり、製造プロセスも簡便になるとも主張するが、前出甲第3ないし第6号証の記載に照らすならば、上記作用効果については、本願明細書に記載がないことが明らかであり、また、上記混合比の設定をすれば、そのような作用効果を奏することが技術的に自明であるともいえないから、上記主張は、その点において失当である。

(4)  以上のとおりであるから、本願発明と引用発明との間における相違点についての審決の判断にも誤りはないものというべきである。

第4  よって、審決には原告主張の違法はなく、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないものというべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面(1)

〈省略〉

1:ガラス基板

2:金属薄膜

3:レジスト膜

4:電子ビーム

5:ガスプラズマ

21:金属パターン

31:レジストパターン

図面の簡単な説明

第1図は本発明の一実施例による微細パターン形成方法を示す工程別断面図、第2図は従来のパターン形成方法を示す工程別断面図である。

図において、1…ガラス基板、2…金属(Cr)薄膜、3…レジスト膜、4…電子ビーム、5…ガスプラズマ、21…金属パターン、31…レジストパターンである。

なお図中同一符号は同一又は相当部分を示す。

別紙図面(2)

〈省略〉

図面の簡単な説明

第4図は、乙第2号証(昭和58年特許出願公開第147033号公報)記載の発明方法で使用する円筒形プラズマエッチング装置を用いて得られたO2+CF4混合ガス中のCF4濃度(%)(横軸)と各種レジストのエッチレート(Å/分)(縦軸)との関係を示すグラフである。4種類のレジスト、AZ-1350〔シプレー(Shipley)社製〕、クロロメチル化ポリスチレン(CMS)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリテトラフルオロプロピルメタクリレート(PPM)のエッチレートの実測値を示す。

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